嫌われ者の老女を体当たりで演じる高橋惠子の凄み。ミュージカル『HOPE』開幕
高橋惠子が本格的ミュージカルに初挑戦するMusical『HOPE』が10月1日、東京・本多劇場で開幕した。イスラエルで実際にあった裁判をモチーフに、2017年に韓国芸術総合学校の卒業制作として誕生。ブラッシュアップを経て2019年に韓国初演されると大きな話題となり、第4回韓国ミュージカルアワードにて大賞、脚本賞などを受賞した注目作だ。日本初演となる今回は、俳優の新納慎也が初めて演出に取り組んでいる。
物語の舞台は、イスラエル・テルアビブの法廷。有名作家の遺稿を巡り、世間から“狂った老女”と呼ばれるエヴァ・ホープと国立図書館がその所有権を争う裁判の判決が言い渡される日。30年も続くこの裁判に人々はうんざりしているようだ。裁判官が振り下ろす木槌の音が人々の苛立ちを表わし、やがてその音はリズムとなり音楽へ――ミュージカルらしい幕開けに、ググっと心を掴まれる。
ホープが持つその原稿は、彼女が主張するように、本当にホープに譲られたものなのか? 裁判で過去はどんどん暴かれ、戦時下、ユダヤ人として迫害される中、必死で生き延びてきた彼女の過酷な半生が明かになっていく。元々その原稿は母マリーが恋人から託されたものだった。娘より原稿を大切にしていた母。その母を複雑な思いで見つめながらも、いつしか母と同じく、その原稿に執着している自分。人を裏切り、裏切られ、原稿さえなければ味わうことのなかった苦しみの数々を経験してもなお、原稿は手放せない……。苦しい思いをしたからこそ信念を曲げられない、生き方を変えられないという姿は、時代や状況こそ違えど、誰もがどこか身につまされるところはあるのではないだろうか。
高橋は、口も悪く、ボサボサ髪で身なりもみすぼらしい、見る人が目を顰めるような老女ホープを、取り繕うことなくストレートに“嫌われ者の老人”として演じる。その姿は高橋のパブリックイメージとは真逆。だが、だからこそ、ホープの殻のように硬くなった心や、そうなってしまった苦い過去に観客は自然を思いを馳せるのだ。初日前の取材会で高橋は「私は生まれる前からこの作品をやると決めてきたように思えます。それくらい、私にとってはやらなければならない作品」なのだと思い入れを語った。やっかい者の捻くれた老女を、これほどまでに涙を誘う存在として魅せる高橋の存在なくしてはこの作品は成立しなかったであろうし、高橋にとっても新たな当たり役になったに違いない。初挑戦の歌唱に関しても、台詞がそのまま自然と歌に移行し、しみじみ聴かせる、深みと説得力がある歌声だ。
高橋含め、キャストは10人と少数精鋭。全員がほぼ出ずっぱり、様々な役を目まぐるしく演じ、ホープの過去と現在を畳みかけるように描いていく。芝居巧者の実力派揃いで、ところどころにそれぞれの俳優の個性が光る“遊び”も加え、観るものを飽きさせない。そしてホープのそばにいる白い服の青年、K。ホープの家族のようであり唯一の味方であるかのような彼の正体は……すでにあらすじなどで明かされてはいるが、ここでは伏せておこう。初日のKは小林亮太(永田崇人とのWキャスト)。舞台『鬼滅の刃』で主役の竈門炭治郎を演じるなど勢いのある注目株だ。常に優しいまなざしをホープに注ぎ、愛らしく、優しく、ホープを明るい方向へと導いていく。もともと小林の持つ“陽”の空気が役とマッチし、ホープだけでなく作品全体を温かく包み込んだ。
新納の演出は、ホープの辿った過酷な体験を、マイムなども取り入れ抽象的に描き出す。そのことで、逆にキャラクターの心情が真に迫ったものとして際立つ仕掛けだ。視覚的にも暗く沈んだ世界と色鮮やかな世界を巧みに使い分け、リアルとファンタジックさを行き来させることで、このホープの物語をどこか寓話的な手触りにし、普遍的な物語としてしみわたらせた。辛い過去は消せないし、過去に囚われる自分自身の心もままならない。しかしその事実にきちんと向き合うことで、最後には希望の光が見えてくる。重いテーマを扱いながらも、前向きな気持ちにさせてくれるミュージカル。いくつかの“初挑戦”が重なることからくる熱量の高さと、しかしながら勢いで押し切らない丁寧な作りで、心に残る一作が誕生した。
公演は10月17日(日)まで。チケットは発売中。10月9日(土)18:30、16日(土)18:30、17日(日)13:00公演は「PIA LIVE STREAM」にてライブ配信もあり。(取材・文:平野祥恵)